フリッツ・クライスラーは、私が約10年ぶりにヴァイオリンでクラシック音楽を弾き始めるきっかけとなったヴァイオリニストの一人です。ちなみに、もう一人は渡辺茂夫です。クライスラーがいなければ、私は今もヴァイオリン嫌いのままだったと思います。
ヴァイオリンの学習再開とほぼ同時にたまたまニートになってしまった私は、実家でクライスラーのLPを繰り返し聴いていました。彼の慈愛に満ちた演奏を聴いているうちに、彼はどんな人物なのだろうと興味が湧きました。ネットで調べるうちにL.P.ロックナーが著した伝記の存在を知り、すぐにネットオークションで入手しました。伝記を読み始めて真っ先に感動したのは、クライスラーの人物像は私がぼんやりと思い描いていた通りであったことです。彼は本当に温かい人柄で、豊かな音楽性を持ち、博識な人物でした。
本当はL.P.ロックナーによる伝記の内容を簡単に紹介したいのですが、同書を読んだのはヴァイオリンを再開して間もない頃で、クラシック曲も当時活躍していた音楽家達も全然知らなかったので記憶がとても曖昧です。読み返すにも膨大なボリュームゆえに、まだ読み返せていません。
今回は、演奏会でのクライスラーのエピソードを複数の書籍・雑誌より簡単にまとめたいと思います。クライスラーのエピソードを知れば、きっと人前で弾くのも気楽になるかもしれません。
ちなみに演奏会直前のクライスラーは、手をお湯に入れて温め、音階やオクターブ、半音階を少し練習します。演奏中の彼の表情は真剣そのものです。かなり強く張った弓で瑞々しい音を奏でます。アンコール曲はその場で決めることもあったそうです。
- 演奏会直前まで狸寝入りをして伴奏者を戸惑わせる
- 演奏会直前までビールとドイツ料理を愉しみ、ミルスタインを戸惑わせる
- 本番でフレーズを忘れ、伴奏者が慌ててそのフレーズを補う
- クライスラーとバッハ無伴奏:ディヌ・リパッティによる批評
演奏会直前まで狸寝入りをして伴奏者を戸惑わせる
1900~1901年にかけて、クライスラーはベルギー出身のチェリストであるジャン・ジェラルディと共にジョイントコンサートを行いました。
ある演奏会にて、開演時間を知らせるベルが鳴ってもクライスラーとジェラルディが姿を現さないどころか、楽屋にもいなかったので伴奏ピアニストのポラック博士は二人が宿泊するホテルに飛んでいきました(演奏会場とホテルはつながっていました)。
クライスラーの部屋に飛び込むと、二人は大きなダブルベッドで掛ふとんをかぶって大きないびきをかいていました。ポラック博士は眠っている二人を激しくゆすりましたが一向に起きる気配がないので、ポラック博士は掛ふとんを引き剥がしました。すると、二人とも礼服をバッチリ着ていることが分かりました。呆然とするポラック博士に二人は笑いで身を震わせながら、急いで髪を直してステージに向かいました。結局、演奏会は10分遅れで開演しました。
ハリエットと結婚する前は、こんな風にいたずらをして楽しんでいたんですね。フランス出身のヴァイオリニストであるジャック・ティボーも似たようないたずら(共演者のヘアブラシにバターを塗ったり、共演者のズボンのポケットに靴用ブラシを入れたり...)をして共演者を困らせていました。巨匠は演奏会前の緊張とは無縁のようです。
出典:L.P. ロックナー著, 中村稔訳「フリッツ・クライスラー」, 白水社, 1975
演奏会直前までビールとドイツ料理を愉しみ、ミルスタインを戸惑わせる
ミルスタインが語ったエピソードで、ミルスタインもクライスラーもシカゴに滞在していた時のことです。
ミルスタインはクライスラーのマネージャーを通じて「コンサートで使用する楽器について意見が欲しい」という伝言をもらいました。ミルスタインは自分の意見が求められていることにすっかり有頂天になって、待ち合わせ場所のリハーサル会場にリムジンで向かいました。
ミルスタインはクライスラーと合流しましたが、楽器の話は全く上がらず、近場で良いドイツ料理屋を知らないかと聞かれました。
二人はドイツ広場にあるドイツ料理屋に入りました。早速どでかいピッチャーに入ったビールが運ばれてきて、クライスラーはとても幸せそうな様子でビールとドイツ料理を堪能しました。真向かいにいたミルスタインは自分のアイドルがあまりに盛り上がっているので、どうしたら良いのか分からず戸惑っていました。
クライスラーはその日の夜に演奏会を控えていたにも関わらず、夕方五時頃までドイツ料理屋にいました。ミルスタインによると、その日のクライスラーの演奏はベストとは言えなかったそうです。
使用楽器について助言が欲しいという嘘から始まり、演奏会直前までビールとドイツ料理を愉しむ...(笑)現代のようにSNSが普及していたら、大炎上したのではないかとヒヤヒヤさせられるエピソードです。クライスラーのメンタルはすごい。
ミルスタイン回想録にはクライスラーの章があり、クライスラー愛が盛りだくさんです。ミルスタインにとっても、クライスラーはヴァイオリニストの神様でした。ぜひ読んでみてください。
出典:ソロモン・ヴォルコフ著, 青村茂/上田京訳「ロシアから西欧へ ミルスタイン回想録」, 春秋社, 2000
本番でフレーズを忘れ、伴奏者が慌ててそのフレーズを補う
クライスラーの伴奏ピアニストを務めたフランツ・ルップが語ったエピソードです。
クライスラーの60歳の誕生日パーティーの時に、クライスラーとベートーヴェンのスプリング・ソナタを演奏しました。ところが、クライスラーは途中で自分が弾くべきフレーズを忘れてしまい、ルップは慌ててヴァイオリンパートのフレーズを補いました。終演後、楽屋に来たカール・フレッシュに「ステージで何を作曲していたのだ?」とツッコミを入れられました。
クライスラーはフレーズを忘れることが多々ありましたが、それでも演奏会は暗譜で臨んでいました。楽譜を見ることで奏者は何かしら自由を奪われるため、暗譜で臨むことで作品の解釈に全身全霊を傾けていました。
この他に、伴奏者がピアノ譜を忘れてパニックになった時にはその場でピアノ譜をサラサラと書いてあげたというエピソードがありますが、本当に全て合っていたんだろうか...と私は少し疑っています。それでも、音楽を奏でる上で大した問題ではなかったのでしょう。クライスラーの演奏を聴けばなんとなく分かります。
出典
1) Eric Wen他, "The Strad", vol.98 no.1161, Novello & Co. LTD, 1987
2) ルイス. P. ロックナー著, 中村稔訳「フリッツ・クライスラー」, 白水社, 1975
クライスラーとバッハ無伴奏:ディヌ・リパッティによる批評
クライスラーが残したバッハ無伴奏の録音は、ソナタ1番のアダージョ、パルティータ3番のプレリュードとガヴォットのみです(見落としがあったらごめんなさい)。彼はコンサートでパルティータ2番のシャコンヌをよく弾いていたようですが、残念ながら録音は残っていません。
代わりに、リパッティがクライスラーのシャコンヌに対する批評を残しています。クライスラーのシャコンヌは、早めのテンポが曲想を損なっていたということです。個人的には「やっぱりそうか」と思いました。
たとえば彼のブルッフのヴァイオリン協奏曲の録音を聴いてみると、特に冒頭の華やかでダイナミックな箇所では、現代のヴァイオリニストに比べて結構あっさり弾いています。もしかしたら、シャコンヌもそんな風に弾いていたのかなと思いました。
でも、ベル・テレフォン・アワーのために録音したコレッリのラ・フォリアはそうでもないような...。晩年の録音だったからでしょうか。こればかりは彼の録音や譜面などを頼りに想像するしかありませんね...。