アマチュアヴァイオリン弾きの備忘録

フリッツ・クライスラーの音楽に感動して約10年ぶりにヴァイオリンを習い始めた人の備忘録

生誕120年!ミルスタイン回想録をおすすめしたい

ミルスタインの演奏、実はあまり好きではありません。

それでも、一度聴き始めると夢中になって最後まで聴いてしまう魅力があります。彼の音楽を聴いていると、彼が音楽の解釈について答えを導き出すまでに長い苦労や悩みがあったのではないかと想像して、なんだか胸が熱くなるんですよね。

彼がどんな生涯を送ったのか、気になりませんか?絶版ではありますが、彼の生涯をまとめた書籍があります。

 

ロシアから西欧へ ミルスタイン回想録
著:ナタン ミルスタイン、ソロモン ヴォルコフ
訳:青村茂、上田京
春秋社、2000

この本を読んでいてとてもわくわくしたし、考えさせられることも数多くあったのですがとにかく情報量が凄まじいのでうまく要約できません...。私の文章力不足、知識不足もあります。とにかく読んでみてください。

 

本書は、ソロモン・ヴォルコフが頻繁にナタン・ミルスタインのもとを訪ねてインタビューを行い、ミルスタインの生涯をまとめたものです。

インタビューは1980年代にニューヨークを中心にロシア語で行われたそうで、1990年に初版と思われる"From Russia to the West: The Musical Memoirs and Reminiscences of Nathan Milstein"(英語版)が刊行されています。インタビュアーがまとめたこともあり、楽家本人が著した本に比べれば読みやすいと感じました。

※ネットで検索するとミルスタインは1904年生まれと出てきますが、これはミルスタインが兵役を免れるために年齢をごまかしたそう。

 

本記事執筆当時ですが、原本にはそれなりの値段がついています。日本語版は原本に比べれば比較的手に入りやすい値段なので、日本語が読める私達はある意味ラッキーだと思います。

 

 

戦争や革命などを一切経験していない私からすると、ミルスタインの生涯は壮絶なものに思えます。というか凄すぎます。帝政時代最期のロシアに生まれ、ロシア革命の真っ只中にいた彼が語るエピソード(ラスプーチンの暗殺、革命発端の殺戮、レーニンの演説会での演奏、プロコフィエフオイストラフに及ぼした共産主義の爪痕など)はどれも生々しさがあります。

ロシアの芸術を西洋に広める目的でホロヴィッツとともに西欧に渡ることになったミルスタインは、1925年12月(当時21歳)にモスクワからリガ経由でベルリンに向かいます(ホロヴィッツはミルスタインより3ヶ月早くベルリン入りした)。そこで彼が食べたブロートヒェン(ドイツの食卓に欠かせないパン)をはじめ、清潔で静かなベルリンの町並み、品物にあふれた店やきちんとした身なりの人々にカルチャーショックを覚えている様子は、読者も冒険を共にしているようなわくわくした気持ちにさせてくれます。

また、西欧に渡ってからその当時に活躍していた音楽家たち(ラフマニノフ、イザイ、トスカニーニクライスラーオイストラフストラヴィンスキーなど多数)との出会いがあり、面白いエピソードが沢山紹介されています。

 

私にとって最も印象に残ったのは、ミルスタインの音楽に向き合う姿勢の変化です。

ミルスタインは初めヴァイオリンなど勉強したくなかったようですが、母の意向でヴァイオリンを習い始めます。最初に師事したのは当時オデッサで有名であったピョートル・ストルヤルスキーです。ストルヤルスキーのもとでヴァイオリンを勉強していた頃は門下生と遊んだり取っ組み合いをするのを楽しんでいて、ヴァイオリンを弾くことはまだ好きでなかったと語っています。

次に師事したのはレオポルト・アウアーです。アウアーのもとでヴァイオリンを勉強するようになってから、ヴァイオリンを心から愛するようになったとミルスタインは振り返ります。ただ、この時もミルスタインは音楽そのものではなく、他の生徒との競争を楽しんでいたように見えます。

ミルスタインは西欧に渡ってから初めて、本当の意味で音楽を愛するようになりました。音楽の解釈に関して真剣に向き合うようになり、様々な楽器や楽弓に触れることを通じて自分が使用する楽器にもこだわり始めています。

また、様々な音楽家のコンサートに出向いてはその演奏から刺激を受けている様子も伺えます。クライスラーの演奏を聴き終わったあと、ミルスタインはクライスラーの音楽性に心を打たれて西欧に留まることを決意しています(演奏が終わってもしばらく客席を離れられなかったとか笑)。

 

余談ですが、本書を読んでいて音楽を心から愛することは意外と容易でないと改めて感じました。

これは特に、親の意向により勉強することになった場合で顕著ではないでしょうか。他人より上手に難曲が弾けて、聴衆が自分の演奏を褒めてくれるのは誰でも気分が良いでしょう。しかし、それだけでは本当の意味で音楽に向き合っているとは言えません。

はたして自分は楽器を立派に弾くことで満足していないだろうか、音楽を愛することを忘れてはいないだろうかと考えさせられます。

 

ミルスタインに限らずクライスラー、カザルスなどの書籍もですがとにかく情報量が多くて、一度読んでも結構内容を忘れていることを実感します...。読んだら印象に残ったところだけでもメモをとるべきだと反省しました。